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こどもの心を守ろう!!ブログ
こどもを責めないでください。 そのことをきちんと教わっていないのですから。 親を責めないでください。 誰よりも苦しんでいるのですから。 教育、子育てを応援するブログ。

プロフィール

千葉孝司

Author:千葉孝司
ピンクシャツデーとかち実行委員会
発起人代表
十勝ライフスキル教育研究会代表
著書
教師力ハンドブックシリーズ「不登校指導入門」明治図書2014
「いじめは絶対ゆるさない 現場での対応から予防まで」学事出版 2013
「先生と親に贈る いじめ・不登校解決のメッセージ」学事出版2007
共著
教師力シリーズ「THE説得~生徒指導編」「THE説得~学級指導編」明治図書2015
メディア出演 TBSニュース23 等



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不登校指導入門

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明治図書HPに載っています。
教師力ハンドブックシリーズ「不登校指導入門」
いよいよです。
HPで立ち読みも出来ます。ハタキでパタパタされませんのでどうぞ。
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「ピンクシャツデー」普及へ 作家中園直樹氏×音更中・千葉孝司教諭 十勝毎日新聞より

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日本でカナダ発の世界的ないじめ反対運動「ピンクシャツデー」の普及に取り組む詩人・作家の中園直樹さん(東京在住)と、十勝で同運動に取り組む音更中の千葉孝司教諭が7日、帯広市内のとかちプラザで開かれた「第43回北海道学校教育相談研究大会(帯広・十勝大会)」(北海道学校教育相談研究会主催)で対談した。子供たちの命を守るためにはどうしたらいいのか-。教育現場で日々実践に取り組む千葉教諭が、いじめ被害の経験を持つ中園さんに当事者の思いや願いを聞いた。

 千葉教諭 いじめられていた当時を振り返って。

 中園さん あれほどしんどい時期はなかった。いじめられた人間同士でよく話すのは、大人社会ほど楽な世界はないと。大人社会では、いじめは犯罪として罰せられるが、子供時代はどんな犯罪的な行為もほとんど取り締まってもらえない。ブレーキが利かない子供だからこそ悪魔になり得る。働く必要もないので365日不眠不休でいじめようと思えば、いじめることができるのも子供時代だ。

 千葉教諭 中園さんの本をすべて読み、大人の感じ方と子供の感じ方はこんなにも違うのかと目からうろこだった。

 中園さん 被害者はいじめという言葉を見たり聞いたりするだけで心が痛む。しかし、いじめ経験のない人ほどいじめ反対、いじめ撲滅と簡単に言葉にする。だが、被害者はそれだけで心をえぐられる。だから僕の本のタイトルは一切いじめという言葉を使っていない。真剣にいじめをなくそうと思えば思うほど、いじめという言葉を使えないジレンマに陥る。

 「見て見ぬふりをする人も共犯だ」もNGワード。力のない子供が止めてもターゲットが変わるだけで何の解決にもならないからだ。見ぬふりをして命を守っているだけなのに、「加害者と同じ」と責められたらどう思うか。同じように力のない子供にとって不登校は命の逃げ場。だから「不登校は悪い」と簡単に言わないでほしい。

 いじめは力のある者が止める。僕は良い先生に恵まれてきたと感じているが、小学3年から大学までいじめられていた。巧妙ないじめほど、先生は見抜けない。「まさかあの子が」という子供がいじめているからだ。厳しい現実を認めた上で対策を立てる。現実を甘く見積もっても何の解決にもならない。いじめ被害者ではない人がやる対策は本当に甘い。

 千葉教諭 被害に遭っている子供にどんな言葉を掛けるべきか。

 中園さん 被害者は人格を否定されているので、君は生きててもいい、生きていても価値があるんだと伝えてほしい。私は本で、自分の身を守ることは悪いことじゃない、一人の人間として生きるために必要だと言っている。

 千葉教諭 傷ついた子供の心に何を届けたらいいか。

 中園さん 愛しているよという言葉。愛情は届く。しかし、愛だけではいけない。ちゃんと自分の身は守っていいんだよと正しく教えないといけない。日本の道徳教育は自己犠牲を強いるため、いい子ほど自殺に追い込んでしまう。自分の身を守ることは一人の自立した生きる人間として必要なことなんだと教えてほしい。具体的には、被害者が強い子であれば「反発してもいい」、存在感の薄い子であれば「隠れろ」とか、その子の個性に応じて教えてほしい。

 千葉教諭 ピンクシャツデーは被害者を救うか。

 中園さん 日本には「いじめは日本にしかない」「いじめは加害者だけではなくて被害者が(も)悪い」という2つの迷信がある。これがあるために、いじめ被害者は、社会全体にもいじめられる。いじめ防止法が欧米を中心に適用され、CAP(キャップ)など自分の身を守るための優れた海外の教育プログラムも知られていないので、先生は実践できない。しかし、子供たちがスタートさせたカナダ発の世界的な運動があると知っただけで、そんな迷信は吹っ飛ぶ。いじめられた人間は世界中でただ一人という錯覚に陥ってしまうので、世界中に仲間がいていじめ反対のために立ち上がっていると知ったら、救われるに決まっている。

 千葉教諭 子供たちの命を救うために、新しい発想でここ十勝からピンクシャツデーを広め、北海道から日本を縦断して沖縄まで広がったら素晴らしい。

 ピンクシャツデー 2007年、カナダの男子生徒がピンクのシャツを着て登校したら「ホモセクシュアル」といじめを受けた。それを知った同じ学校の上級生がピンクのシャツを買い、友人に着て登校するようメールで呼び掛けたところ、はるかに上回るピンクのシャツや小物を身に着けた生徒であふれた。ローカル放送で取り上げられ全世界に広まった。毎年2月の最終水曜日を「ピンクシャツデー」と決め、いじめは絶対に認めないと表明している。十勝では13年に初めて、子供たち中心のイベントが開かれ、これまでに鹿追、芽室で開催、9月7日には音更で予定している。

 中園直樹 月刊詩誌などを発行する詩人集団「詩人会議」常任運営委員。主な著書は、小説「オルゴール」(幻冬舎文庫)、詩集「しんかい動物園」。

ピンクシャツデーに200人来場 音更


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【音更】カナダ発祥の世界的ないじめ反対運動「ピンクシャツデーとかちinおとふけ」(同実行委主催)が7日、町総合福祉センターで開かれた。町内での開催は今回が初めて。約200人が来場、多彩なプログラムを楽しんだ。

 実行委員長の武田侑輝人君(17)=星槎国際高校帯広キャンパス2年=が「来場した皆さんが笑顔で帰るようなイベントにしたい」とあいさつし、得意のブレイクダンスも披露して会場を沸かせた。

 その後、千葉七施(ななせ)君(12)、井上豪瑠君(13)=ともに帯広南町中1年=のデュオ「子・マイズ」が「僕らは君のそばにいる」「世界でただ一人の君のため」の2曲を披露。来場者は曲に合わせて手拍子をしながら聞き入った。2人は「いじめは絶対にしてはいけないこと。なくそう」と思いを語った。

 この他、町十勝川温泉PRキャラ「モ~るちゃん」が転校生役となった演劇などもあり、若者のパワーが満ちあふれるイベントだった。(長瀬聡美通信員)
十勝毎日新聞電子版9月10日

子どもに失敗させよう

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十勝毎日新聞9月2日付
かちまい論壇
子どもに失敗させよう              千葉 孝司

雨が降りそうな天気の朝。日本と外国とでは、子どもへの声かけが違うという。外国では子供に「雨が降りそうな天気だね」と声をかける。日本では、「今日は雨が降りそうだから、この傘を持っていきなさい。帰りに雨が止んでも忘れないで持ってくるんですよ」と声をかける。話の真偽はともかく、いかにもありそうな話ではある。
 子どもに失敗をさせたくない。これは親として自然な感情だ。しかし親が先回りして失敗を回避させ続けると、子どもは失敗を恐れるようになる。子どもの成長には失敗も成功も、どちらの体験も必要なのである。自分で決める機会を多く持てた子どもは、自分自身に自信を持ち、自尊感情が高まる。自分で決めた結果の失敗は、人に与えられた成功よりも価値がある。
先日、ある大学の先生の話を聞く機会があった。最近の学生はおとなしく素直であるが、失敗を恐れて何事にも消極的である。指示待ち族どころか、指示されても動けない学生もいる。その半面、学生の親は意欲的で大学祭に子どもと一緒に参加し、子どもの成績にも「成績の付け方がおかしい」と大学に意見するそうだ。日本の学生に比べるとアジアからの留学生は自主的に行動し、人との関わりにも積極的である。その先生は近い将来、日本とアジア諸国との力関係が逆転するであろうことを痛切に感じているという。
 冒頭の話でいうと、どんな天気であれ学校に通うのは子どもである。雨に濡れるか濡れないかは、子ども自身の問題だ。子どもの問題を肩代わりし、「~したら」「~しなさい」と声をかけることは、子どもに対する領空侵犯のようなものだ。領空侵犯する親は子どもを支配し、コントロールしようとする。子どもは基本的な人間関係を親から学ぶ。コントロールされ続けて成長すると、他の人間とも良好な関係を築くことが難しくなり、集団生活にストレスを感じやすくなる。
 最近、親の過干渉で苦しみながら成人となった人々の声が、様々なメディアで紹介されている。そんな過干渉の親に対し、毒親という呼び方もある。一生懸命良かれと思って育て、毒親と言われてしまうのは切ない話だ。だが、過干渉され葛藤した人々の親に対する憎悪の気持ちは驚くほど強いものだ。
 子煩悩という言葉がある。熱心に教育し子どもを可愛がる人を指す。しかし煩悩とは、もともと心を悩ませ、心を乱すものを指す。子煩悩が行き過ぎ、過干渉になっては、子どもの心を悩ませ、乱すものになってしまうだろう。いじめなど心身の危険に関わらないものであれば、子どもの問題は、子ども自身が決定し対処すべきである。
 子どもに失敗をさせたくない。親として自然な感情である。しかし失敗の体験がないことが最大の失敗であろう。失敗は挑戦した証拠。子どもの決定をおおらかに見守っていきたいものだ。